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最高裁判所第一小法廷 平成3年(オ)1493号 判決

上告人

沼史郎

右訴訟代理人弁護士

早川忠宏

被上告人

名古屋市信用保証協会

右代表者理事

稲垣薫

右訴訟代理人弁護士

池内勇

上野隆司

高山満

廣渡鉄

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人早川忠宏の上告理由について

一  原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

1  瀬戸信用金庫(以下「瀬戸信金」という。)は、株式会社本洲木工に対し、昭和五三年二月六日に一五〇万円を利息年8.2パーセントの約定で貸し付け、また、株式会社本州に対し、昭和五四年三月二四日に六〇〇万円を、同年五月八日に一〇〇〇万円をいずれも利息年7.5パーセントの約定でそれぞれ貸し付けた。

2  被上告人は、株式会社本州及び株式会社本洲木工(以下両社を「本件各社」という。)から、被上告人が代位弁済したときは代位弁済額に対する弁済の日の翌日から年14.6パーセントの割合による損害金を支払うとの約定で保証の委託を受け、右各貸付日ころ、瀬戸信金との間で、本件各社の右各貸付金債務を保証する旨の契約をした。

3  上告人は被上告人との間で、右各貸付日ころ、本件各社の被上告人に対する右の保証の委託に基づく求償債務について連帯して保証する旨の契約をした。

4  その後、本件各社は、いずれも昭和五四年に破産宣告を受けた。

5  瀬戸信金は、本件各社の各破産手続において、昭和五五年一月一六日にそれぞれ右各貸付金の残金について債権の届出をし、同月二四日の各債権調査の期日において異議がなかったので、その旨各債権表に記載された。

6  被上告人は、瀬戸信金に対し、昭和五五年三月六日株式会社本洲木工に対する前記貸付金の残元利金四五万九一九九円を、同年六月二六日株式会社本州に対する前記六〇〇万円の貸付金の残元利金六〇二万八九三五円と前記一〇〇〇万円の貸付金の残元利金一〇四一万四二四六円を弁済して本件各社に対する右各貸付金の元利金を完済し、株式会社本洲木工の破産手続において同年三月一二日、株式会社本州の破産手続において同年七月八日、それぞれ破産裁判所に債権の届出をした者の地位を承継した旨の届出名義の変更の申出をし、その旨債権表に記載された。

二  被上告人の本件請求は、前記の弁済による各求償権の連帯保証人である上告人に対し、求償債権の残額である一六八〇万二八三三円とその遅延損害金の支払を求めるものである。

原審は、前記一の事実関係の下において、前記の各貸付金債権の消滅時効は、瀬戸信金が本件各社の破産手続において債権の届出をしたことにより中断し、破産手続で右債権が確定したことにより、その期間が破産終結決定の日の翌日から一〇年に変更されたものであり、それに伴って、被上告人の瀬戸信金に対する保証債務、右債務の代位弁済の結果発生した被上告人の本件各社に対する求償権、及びその連帯保証債権である本件請求権についても、いずれも同様にその消滅時効期間が一〇年に変更されたものであるところ、本件が提起された平成元年九月二一日までには破産債権の債権表記載のときから起算しても一〇年を経過していないことが明らかであるから、本件請求権の消滅時効はいまだ完成していないと判断し、本件請求を認容した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

債権者が主たる債務者の破産手続において債権全額の届出をし、債権調査の期日が終了した後、保証人が、債権者に債権全額を弁済した上、破産裁判所に債権の届出をした者の地位を承継した旨の届出名義の変更の申出をしたときには、右弁済によって保証人が破産者に対して取得する求償権の消滅時効は、右求償権の全部について、右届出名義の変更のときから破産手続の終了に至るまで中断すると解するのが相当である。けだし、保証人は、右弁済によって破産者に対して求償権を取得するとともに、債権者の破産者に対する債権を代位により取得するところ(民法五〇一条)、右債権は、求償権を確保することを目的として存在する附従的な権利であるから(最高裁昭和五八年(オ)第八八一号同六一年二月二〇日第一小法廷判決・民集四〇巻一号四三頁参照)、保証人がいわば求償権の担保として取得した届出債権につき破産裁判所に対してした右届出名義の変更の申出は、求償権の満足を得ようとしてする届出債権の行使であって、求償権について、時効中断効の肯認の基礎とされる権利の行使があったものと評価するのに何らの妨げもないし、また、破産手続に伴う求償権行使の制約を考慮すれば、届出債権額が求償権の額を下回る場合においても、右申出をした保証人は、特段の事情のない限り、求償権全部を行使する意思を明らかにしたものとみることができるからである。

しかし、右の場合において、届出債権につき債権調査の期日において破産管財人、破産債権者及び破産者に異議がなかったときであっても、求償権の消滅時効の期間は、民法一七四条ノ二第一項により一〇年に変更されるものではないと解するのが相当である。けだし、破産法二八七条一項により債権表に記載された届出債権が破産者に対し確定判決と同一の効力を有するとされるのは、届出債権につき異議がないことが確認されることによって、債権の存在及び内容が確定されることを根拠とするものであると考えられるところ、債権調査の期日の後に保証人が弁済によって取得した求償権の行使として届出債権の名義変更の申出をしても、右求償権の存在及び内容についてはこれを確定すべき手続がとられているとみることができないからである。

これを本件についてみるに、被上告人が、前記の弁済により本件各社に対して取得した各求償権については、被上告人が破産裁判所に届出名義の変更の申出をした時に消滅時効が中断し、破産手続の終了の時から更に五年の消滅時効が進行することになり(最高裁昭和四〇年(オ)・第一二三四号同四二年一〇月六日第二小法廷判決・民集二一巻八号二〇五一頁参照)、このことは、その連帯保証債権である本件請求権についても同様である(民法四五七条一項)。ところが、原審は、これと異なる見解に立って、本件各社の破産手続の終了の時期を確定しないまま、被上告人の本件請求権について消滅時効が完成していないと判断し、その請求を認容したものであり、原審の判断は、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上判示したところに従って更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すことにする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官大堀誠一 裁判官三好達 裁判官高橋久子)

上告代理人早川忠宏の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

すなわち、原判決は、被上告人が代位により取得した瀬戸信金の有していた貸金債権(以下甲債権という)と、本件訴訟で被上告人が請求している信用保証委託契約に基づく債権(以下乙債権という)とが請求権競合となり、破産債権の届出により時効が中断され、さらに時効期間が一〇年に延長されたのはあくまでも甲債権についてにすぎないのに、この点を混同し、乙債権についての時効中断、一〇年延長を認めた点は、明らかに現在の実務の大勢である要件事実に基づく旧訴訟物理論を無視した判断で、民訴法一八六条にも明らかに違背する。

以下この点について詳論する。

一 本件の争点に関する原判決の理由とするところは、原判決の理由三に集約されているので、これをまず分析すると次のとおりである。

1 そして、主たる債務者の債務の短期消滅時効期間が、民法一七四条の二により一〇年に延長されたときは、これに応じて連帯保証人の債務の消滅時効期間も、同様に一〇年に変更されると解すべきところ(最高裁判所昭和四三年(オ)第五一九号、同年一〇月一七日第一小法廷判決・裁判集民事九二号六〇一頁参照)、

2 控訴人は、本州木工または本州の瀬戸信金に対する本件貸金債務について、本州木工または本州との間の信用保証委託契約の履行として、保証人になったのであるから、控訴人の瀬戸信金に対する保証債務の消滅時効期間は、右と同様の理由により、一〇年に変更されたものというべきである。

3 さらに、主たる債務者である本州木工または本州に対する控訴人の求償権が、右保証人としての立場において、控訴人によって代位弁済がなされた結果発生したことに鑑みれば、その消滅時効期間もまた、一〇年に変更されたというべきであり、

4 右求償金債務につき連帯保証をした被控訴人の本件債務も、同様に一〇年の時効期間に服することになったというべきである(最高裁判所昭和四五年(オ)第六二二号、同四六年七月二三日第二小法廷判決・判例時報六四一号六二頁参照)。

二 原判決が示す前記理由のうち、

1、については、一般論として最高裁の判決例であることは認めざるをえない。

三 2については、被上告人が、甲債権についての保証人であるか否かは、少なくとも被上告人は全く、主張していない。これは被上告人と瀬戸信金との関係であり、被上告人から全く主張もなされていないのに、何故このような認定をされたのか、疑問といわざるをえない。

四 3については、被上告人が弁済により代位取得した甲債権についての問題であり、甲債権が一〇年に延長されている以上は当然であろう。

しかるに、信用保証委託契約に基づく乙債権は、全く別個の発生原因に基づく請求権(別個の訴訟物)であるから、これに影響しないのは当然というべきであり、原判決はこの点を明確には区別していない。

五 前記のとおり、原判決は甲債権と乙債権の区別をしていないため、4の点についての誤った判断に導かれたのである。すなわち、上告人が甲債権について連帯保証をしたかどうかについては、全く被上告人からは主張されておらず(原控訴審の最終段階でそれらしき書証は提出されたが)、本件請求が信用保証委託契約に基づく乙債権であるにもかかわらず、原判決は、甲債権について被上告人が連帯保証をしたかの前提に基づき、かつ、被上告人が、弁済により取得した甲債権に基づく請求が一〇年の時効期間に服する旨判示している。

六 なお、原判決が4の点について摘示した最高裁判所昭和四五年(オ)第六二二号、同四六年七月二三日第二小法廷判決は、信用保証委託契約に基づく乙債権について、本件についていえば、被上告人が主債務者、本州木工及び本州に対して判決を得た場合、これを連帯保証した上告人に対する求償権も一〇年に延長されるというものであり、原判決の理由を根拠づけるものでないばかりか、むしろ、甲債権と乙債権とを明確に区別して立論している上告人の主張に一致するものである。

七 以上のとおり、原判決は被上告人すらこれを認めているのにもかかわらず甲債権と乙債権とは別個の発生原因に基づく異なる訴訟物であることを、看過し、あるいは、ことさらにこの点を触れずに、両債権を混同させ、甲債権についての時効中断、時効期間の延長が、何の根拠もなく、そのまま乙債権に影響するように立論し、もしくは、本件請求が乙債権であることに当事者間に争いがないにもかかわらず、甲債権に基づく請求であるような前提で立論することによって正当な判断を示した第一審の判決を取消したものであり、民訴法一八六条はむろん、現在の民事訴訟の大前提である要件事実により特定される訴訟物理論に違背したものである。

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